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東京地方裁判所 昭和44年(ソ)36号 決定

抗告人 ウエタ自動車工業有限会社

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は「原決定を取消す。別紙目録〈省略〉記載の小切手につき公示催告をなす。」旨の裁判を求め、抗告理由は追つて書面で申述する旨、抗告状に記載しながら、いまだ右書面を提出しないが職権をもつて按ずるのに一件記録によれば抗告人の抗告理由の要旨は次のとおりである。

即ち、抗告人は昭和四四年一一月一六日東京都杉並区浜田山四丁目一二番四号所在の抗告人事務所ロツカー内から別紙目録記載のように金額、振出日および振出人の各欄未記入の持参人払式小切手用紙四八枚ならびに銀行に届出てある小切手振出用の抗告人名の記名判および印章を何者かによつて盗まれた。そこで、抗告人は、昭和四四年一二月一〇日、中野簡易裁判所に対し、右盗取にかかる小切手用紙と記名判および印章を所持していれば小切手を偽造することは極めて容易であるところからみると、右のような場合には、小切手の振出人が小切手用紙に振出人として署名後、その交付前にこれを盗まれた場合と同視できるとして公示催告の申立をなしたところ同裁判所は昭和四四年(ヘ)第三七号公示催告申立事件として審理し、同年一二月二五日これが申立却下の決定をなし、右決定は翌二六日抗告人に告知された。しかし、該決定は前記の理由から違法であつて取消さるべきであり、前記抗告の要旨のとおりの裁判を求めるため本件抗告に及ぶ。

以上のとおり抗告人は本件において、小切手の振出署名者がその交付前に盗難により占有を失つた場合、同人は右小切手について公示催告の申立をなしうるものとし、小切手用紙盗難の場合もこれと同視しうると主張するのでこの点について検討する。

民法施行法五七条、民事訴訟法七七七条一項、七七八条一項に依れば、その所持する持参人払式小切手を盗取された者は、その最終の所持人として公示催告の申立権を有するものと解することができるのであり、このことは抗告人主張のような持参人払式小切手用紙に振出人として署名(他の小切手要件記載の有無を問わない)をした後他にこれを交付する以前に盗取された者(以下単に署名者という)についても同様であると解すべきである。

けだし、この署名者は当該小切手に因り権利を主張し得べき者すなわち民事訴訟法七八五条にいわゆる除権判決により証券に因る権利を主張することのできる者ではなく、かえつて当該小切手の盗取された後の善意取得者に対する関係では、当該小切手不渡りのときは法定の要件にしたがつて証券に因り義務を負担すべき者(大阪高等裁判所昭和三五年六月二九日判決、高民集一三巻五号四七八頁参照)とも考えられるのであるが、公示催告手続にもとづく除権判決の消極的な効力として、これに依つて無効と宣言された小切手については、すくなくともその判決後に当該小切手を取得した所持人に対しては当該小切手に因る遡求義務を履行する要がなくなる、という意味において、証券に因り義務を負担すべき証券の最終所持人として除権判決の前提たる公示催告手続の申立権を認めるのが相当であるからである。

そこで右の理を抗告人主張のように持参人払式小切手用紙とこれが振出用の支払人銀行届出済の印章とを同時に盗まれた者(以下盗難者という)についても適用することができるかどうかについて按ずるのに、このような場合には、かりにその後右印章の冒用により小切手用紙上に振出署名が顕出され流通におかれたとしても、偽造者と盗難者との間に表見代理関係が成立するなど持段の事情のない限りこれに因り盗難者自身が小切手行為者として小切手上の義務を負担することはなく、前記署名者の場合とは保護を要する法律上の必要性が全く異るのであるから、抗告人主張のような盗難者に公示催告の申立権ありとすることはできない。

もつとも盗難者の場合には、前記のとおりその小切手行為の存在を理由として小切手上の義務を負担することはないとしても、盗難小切手用紙および盗難印章の冒用に依り偽造小切手が流通するときは、盗難者は、支払銀行との当座取引約定にもとづき、所定の手続にしたがつて偽造小切手に対してなされた支払人の支払について、支払人に対する関係においてこれを自らの負担として責任を負う結果損害を蒙つたり、あるいはまた、偽造者との使用者被用者といつた特殊な人的関係にあることから損害賠償責任を負担しなければならなかつたり、もつとも端的にはたとえ偽造小切手とはいえ、これが不渡りに因る銀行取引処分を免れるためには、不渡届異議申立のため所轄手形交換所に対する現金提供用として支払人銀行に対し同額の現金を預託しなければならない(但し東京手形交換所所定の東京手形交換所交換規則第二四条によると偽造にもとづく小切手の不渡の場合には、取引停止処分の取消請求について特別の手続が認められている)等直接小切手行為にもとづかないとはいえ、諸種の法律上の不利益を蒙ることが予想される。

しかしながら、これらの法律上の不利益はいずれも直接に小切手行為に基づくいわゆる証券に因る義務負担そのものではなく、当座取引約定、民法所定の表見代理および使用者損害賠償責任等の法律要件をみたす諸事実が付加することによつて惹起される不利益であるから、盗失証券それのみに因る義務負担を免れるために存する公示催告手続にもとづく除権判決をもつて全面的に排除することのできる事柄ではなく、除権判決の制度がこれらの法律的不利益の除去までをも目的としていると解することはできない。

したがつてこれらの理由からして本件のような小切手用紙と届出印章を盗取された者をもつて前記署名者と同視すべきであるとする抗告人の所論は到底採用できない。

以上の次第であつて抗告人のなした公示催告の申立は申立権のない者のなしたものとして失当であるからこれを却下した原決定は正当である。

よつて本件抗告を棄却することとし、民事訴訟法四一四条、三八四条一項、九五条、八九条を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 安藤覚 清水悠爾 大川勇)

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